全然、普通の値段じゃない。
新築住宅がとんでもない価格になっていますよね。
建物だけで3,500万円以上。
土地と建物合わせて4,500万円なんて普通になってきています。
これ普通?
大手ハウスメーカーならば6,000万円以上だって驚かない価格でしょう。
いや、私は驚きますけど。普通じゃないでしょ。
東京のマンションが1億平均なんて言いますけど、長岡の住宅も負けじと価格高騰中という状況。
弊社が10年前くらいに建てた長期優良住宅は2,000万円くらいでした。
友人が10年と少し前、とあるローコストハウスメーカーで建てた長期優良住宅が、本体で1,300万円。これに外構やオプションがついて1,800万円。2,000万円弱。
つまり10年前の2倍ほどの値段になってしまっています。
不思議なもので、「みんなこの値段で買ってる」と聞くと、それが『普通』と思えてくる。
平均って聞くと、それが普通に思えてくる。
言葉のマジック。
でも勘違いしたくないのは、その価格が普通だからって、みんなが当たり前に買えているわけじゃない。
買える人が買っている値段が4,500万円であって、買えない人はたくさんいる。
買える人が買っている値段、が普通に4,500万円以上でも、おかしくないって世の中になってきているってだけの話。
ナフサショックで、プラスチック製品が不足。
最近さらに材料価格が高騰しておりますが、価格上昇はもともとナフサショックからはじまったものではないです。
コロナもあり、ウッドショックもあり、そしてナフサショック。
建築材料の価格はずっと上がり続けてきているんです。
では今後も住宅価格は上がり続けると予想したほうが、確率としては高いとおもいます。
これ以上価格が上がり続ければ、今の普通は未来ではまた普通じゃなくなりますよね。
かくしてすでに、リノベを第一候補とする時代に突入したのではないでしょうか。
ですが、やっぱり長岡には、新築が一番手で、リフォーム・リノベは新築ができない人の2番手って意識があると思います。
古いものより、新しいものを好む。
これは、長岡というよりももっと大きな日本の文化的思考でもあるのかなと思ってます。
つまり、中古住宅の誰かが使っていた気配のするものに、抵抗感があるって思考。
自分以外の誰かわからない人の生活が想像できるものに対しての嫌悪感。
日本のおはらい文化って、そういった、過去のけがれ的なものを清めるって文化ですよね。
正直、私自身は宗教的なものに関しては信心深くないですが、なぜそういう文化が、あるのかってこと自体には興味があります。
新築住宅を建てたり、井戸を掘ったりする際に行う地鎮祭は、土地に残るものを鎮めて、工事が無事に進むように清めるもの。
リノベでも工事の始まりに地鎮祭を部屋の中でやったこともあります。
過去のけがれをはらい清めることで、ゼロからスタートしようっていう儀式。
日本にはこの『けがれ』を嫌う文化があって、意識の中にやはり、
まっさらなゼロからのスタートをいいものとする思考があるのだと思います。
リノベのほうが、安いことはわかってるけど、この誰かが使っていた感じを拭わないと、リノベが成立していかないのかもしれませんね。
過去に誰かが使っていた使用感をすべてなくすように、家全体をフルリノベーションすれば、新しい気持ちで住まうことができますが、値段としては新築住宅を建てるくらいにまで達してしまうこともあるでしょう。
私が推奨するリノベは、自分が必要とするところに絞ってリノベすること。
普段自分がいる場所に絞ってリノベすることで、快適さと価格の両立を目指します。
とはいえこのやり方だと、古い部分も残すやり方なので、前に使っていた誰かの使用感が残ることになります。
欧米のように、長く建っている建物に価値があり、それを継承していける文化のほうが、もともとあるものを大切にして、少ない資源で効率的に住み続ける循環型住宅となりうるのでしょう。
しかし日本のけがれ文化を簡単に変えることはまず無理でしょう。
大多数が信じているからこそ文化ですから。
そうであるのであれば、なるべく他の誰かの使用感を和らげるような、リノベを心がけることもリノベに際して考えていかなくてはいけないことなんだろうなと思います。
その先に、長く使い続ける住宅の良さが生まれて、中古住宅が見直されるのだと思うし、リノベがようやく『普通』と感じられる未来があるのかなと思います。
この日本人の文化をしっかり考えていかないと、すぐさまリノベが普通にはならないでしょう。